賃上げ及び投資の促進にかかる税制とは、従業員の給与をアップさせるなど一定の要件を満たした法人が、アップした額の一定割合に相当する金額を、法人税から控除できるというものです。
令和3年度税制改正では、この税制の要件や税額控除の計算方法が見直されました。
改正の背景にあるのは、新型コロナウイルス感染症による不安定な雇用です。
こうした時期に、給与アップや新規雇用を行った法人の負担を、税制から支えるための改正になります。
なお、改正後の新しい要件が適用されるのは、令和3年4月1日から令和5年3月31日の間に開始する事業年度になります。
よって、3月決算法人の場合、今回の決算では改正「前」の要件で判定が必要となりますのでご注意ください。
賃上げ及び投資の促進にかかる税制の「原則」と「特例」
まず、賃上げ及び投資の促進にかかる税制について少し整理しましょう。
この税制には、「原則」と、中小企業者を対象とする「所得拡大税制(特例)」の2種類があります。
令和3年度税制改正では、どちらもそれぞれ改正が行われています。
所得拡大税制のほうが一般的には要件・税額控除ともに有利に利用できるため、「原則」は大企業向けの税制ともいわれています。
しかし、今回の改正では、原則の適用要件が緩和されるとともに税額控除の計算方法が変わりましたので、中小企業者も原則のルールを知っておいて損はありません。
賃上げ税制の「原則」とは
青色申告法人が、従業員に給与を支給する場合で、それが一定の要件を満たすとき、法人税の税額控除を受けることができるものです。
改正点の新旧対照表
【税額控除(15%)の要件】
改正前 | 改正後 |
---|---|
・継続雇用者給与等支給額:対前年度3%増 | ・新規雇用者給与等支給額:対前年度2%増 |
・国内設備投資額:減価償却費の総額の95%以上 | ・なし(廃止) |
・雇用者給与等支給額:対前年度を上回る | ・左同 |
【税額控除(15%)の計算方法】
改正前 | 改正後 |
---|---|
雇用者給与等支給額の対前年度増加額×15% | 控除対象新規雇用者給与等支給額× 15% |
【税額控除の上乗せ(プラス5%で20%)の要件】
改正前 | 改正後 |
---|---|
・当期の教育訓練費≧前期・前々期の教育訓練費の平均の1.2倍 | ・当期の教育訓練費≧前期の教育訓練費の平均の1.2倍 |
平成30年4月1日から令和3年3月31日の間に開始する事業年度は、改正「前」のルールとなりますのでご注意ください。
なお、税額控除の上限が、法人税×20%である点は変わりません。
改正のポイント
改正のポイントは下記のとおりです。
・賃金アップの判定対象が継続雇用者から新規雇用者に変わったこと
・国内設備投資が必要なくなったこと
・税額控除の計算方法が変わったこと
・上乗せ要件が緩和されたこと
改正点1:賃金アップの判定対象が変わったこと
まず、賃金アップの判定対象が、「継続雇用者」から「新規雇用者」に変わりました。
「新規雇用者」とは、新しく雇用した人のうち、雇用保険法の一般被保険者にあたる人のことです。
この新規雇用者に対して、雇用した日から1年以内に支給した給与の額が、前期の新規雇用者に対して支給した額より2%以上増えていることが新しい要件となります。
ところで、改正前の「継続」雇用者とは、前年度・当年度の24ヶ月間を通じて雇用保険法の一般被保険者である人のことです。
つまり改正前は、既存の雇用者に対する賃上げのみを評価し、新しく雇った人は判定に入れないというものでした。
しかし今回は、コロナ禍による第二の就職氷河期を生み出さないようにする目的から、新規の採用を支える制度へと改正されました。
増加率も3%から2%へと緩やかな判定に変わっています。
ただし、新規雇用といっても、支配関係のある法人から新しく異動してきた人や海外から異動してきた人は判定対象になりません。
改正点2:国内設備投資が必要なくなったこと
改正前の「減価償却費の総額」とは、すべての資産の減価償却費が対象となります。
この要件があったために、大きな設備投資をしたばかりという法人では適用が難しかったと思います。
これが、今回の税制改正で撤廃されます。
コロナ禍で存続が危ぶまれる企業もある中、不要と判断されたのでしょう。
事業再構築補助金によって、設備投資を促す大きな機会が別に生じたことも関係しているかもしれません。
改正点3:税額控除の計算方法が変わったこと
税額控除の計算方法が、「雇用者給与等支給額の対前年度増加額×15%」から「控除対象新規雇用者給与等支給額×15%」に変わりました。
改正前の「雇用者給与等支給額の対前年度増加額」とは、雇用者給与等支給額から比較雇用者給与等支給額(前期の雇用者給与等支給額)を控除した金額のことです。
新規や継続にかかわらず、雇用者に支払う給与の前年度との差額から税額控除を計算するものでした。
これに対し、改正後の「控除対象新規雇用者給与等支給額」とは、当期に新しく雇用した人に対し、雇用した日から1年以内に支給する給与の支給額のことです。
改正点1の判定にも用いられるものとなります。
ただし、「雇用者給与等支給額の対前年度増加額」が「控除対象新規雇用者給与等支給額」の上限になります。
改正点4:上乗せ要件が緩和されたこと
教育訓練費の増加の判定対象が、前期のみとなりました。
改正前は前々期もクリアしなければなりませんでしたが、その必要はなくなります。
なお、教育訓練費とは、雇用者は必要な技術や知識を習得する、あるいはそれを向上させるために法人が支出する費用のことです。
具体的には、こちらをご覧ください。
国税庁HP: No.5927「給与等の引上げ及び設備投資等を行った場合等の税額控除」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5927.htm
所得拡大税制とは
青色申告をする中小企業者等が、従業員に給与を支給する場合で、それが一定の要件を満たすとき、法人税の税額控除を受けることができるものです。
改正点の新旧対照表
【税額控除(15%)の要件】
改正前 | 改正後 |
---|---|
・継続雇用者給与等支給額:対前年度1.5%以上増 | ・雇用者給与等支給額:対前年度1.5%以上増 |
・雇用者給与等支給額: 対前年度を上回ること | ・なし(不要) |
【税額控除(15%)の計算方法】
改正前 | 改正後 |
---|---|
雇用者給与等支給額の対前年度増加額×15% | 左同 |
【税額控除の上乗せ(プラス10%で25%)の要件】
改正前 | 改正後 |
---|---|
継続雇用者給与等支給額の対前年度増加率が2.5%以上 | 雇用者給与等支給額の対前年度増加率が2.5%以上 |
・下記@、Aのいずれか一方を満たすこと ・@当期の教育訓練費≧前期の教育訓練費の平均の1.1倍 ・A事業年度終了の日までに中小企業等経営強化法の経営力向上計画の認定を受け、計画に従って経営力向上が確実に行われたことにつき一定の証明がされたこと |
・左同(改正なし) |
原則と同様に、平成30年4月1日から令和3年3月31日までに開始する事業年度は、改正「前」のルールとなりますのでご注意ください。
税額控除の上限が、法人税×20%である点も同様です。
原則ほど多くの改正はありませんが、ポイントは、賃金アップの判定対象が「継続雇用者」から「雇用者」に変わったことです。
既存の従業員に限らず、すべての従業員の雇用を安定させるための改正になります。
おわりに
今回の税制改正では、原則の税額控除の計算方法が変わっています。
このことから、新規雇用を行った中小企業者の中には、所得拡大税制よりも原則のほうが節税に有利になるケースが出てくるかもしれません。
しかも、設備投資要件が削除されたことで利用しやすくなっています。
改正後は、どちらが有利に適用できるかを考えていく必要があるでしょう。