生前贈与にかかる贈与税には、「暦年課税」と「相続時精算課税」の2つの課税方法があり、どちらの方法を適用するかによって受贈者(贈与を受けた人)の贈与税の負担額が変わります。
原則は「暦年課税」ですが、受贈者から税務署への届け出によって、贈与者(贈与をした人)ごとに「相続時精算課税」を適用することを選択できるようになります。ただし「相続時精算課税」を選択した相手からの贈与を「暦年課税」に戻すことはできません。
令和5年度税制改正大綱において、「暦年課税」と「相続時精算課税」のそれぞれの改正点が示されました。
今回の大綱が実現すれば、令和6年以降の生前贈与では、暦年課税の恩恵が少なくなる一方で、相続時精算課税の恩恵が上がり、これまで使い勝手のよくない面が多かった相続時精算課税の評価が相対的に高くなると考えられます。
これから生前贈与による相続税対策を始めたい方、生前贈与による相続税対策を今まさに行っている方にとって、必ず知っておかなければならない改正内容です。
暦 年 課 税 |
個人から個人への贈与を、1/1〜12/31の間の単位で課税する方式。年ごとに110万円の基礎控除がある。 相続直前の一定期間の贈与は、基礎控除を含むすべてが相続財産に加算されてしまう「生前贈与加算」のルールがある。 |
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相 続 時 精 算 課 税 |
60歳以上の親や祖父母などから贈与を受けた人が、贈与者ごとに選択できる課税方式。選択した贈与者からの贈与は、贈与者が将来死亡したときの相続財産に加えることになるが、2,500万円までの生前贈与に対する贈与税を非課税にできる。まとまった額を一度に贈与したい場合に使いやすい。 |
現行のルールでは、相続や遺贈によって財産を取得した人のうち、被相続人から亡くなる3年内に贈与(暦年課税)によって取得した財産がある場合、その財産が、相続税の課税対象に加算されます。
いわゆる「生前贈与加算」です。
今回の税制改正大綱では、この生前贈与加算の期間が、「3年内」から「7年内」に延長されることが示されました。
現行のルールよりもプラス4年分の生前贈与が、相続時の課税対象に持ち戻されてしまうため、暦年課税の基礎控除を活用した相続税対策の効果に対し、マイナスに働くことになります。
ただし、今すぐに7年前までの贈与を加算対象にしてしまうと不意打ちになってしまいますので、令和8年(2026年)までに発生した相続は現行どおり「3年内」のままとし、令和9年(2027年)から、加算対象となる生前贈与の起算日を「令和6年1月1日」に固定することによって、令和9年〜12年の4年間で加算期間を7年まで延長します。
つまり、延長の影響を受けるのは「令和6年1月1日以降の(暦年課税による)生前贈与」からです。
完全に「7年内」に移行するのは、令和13年になります。
令和5年(2023年) 〜令和8年(2026年) |
相続前3年 (現行と同じく3年) |
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令和9年(2027年) 〜令和12年(2030年 |
相続前3年〜7年 (令和6年1月1日〜相続日まで) |
令和13年(2031年) | 7年 |
【例1:死亡日が令和6年(2024年)4月1日の場合】
→現行のとおり、「令和3年(2021年)4月1日〜令和6年(2024年)4月1日」の、相続開始前3年内に行われた生前贈与が、贈与者(亡くなった人)の相続財産に加算されます。なお、加算される財産について、受贈者(贈与を受けた相続人等)がすでに贈与税を納めている場合、相続税との二重課税になってしまうことを避けるため、その贈与税は、受贈者が納める相続税の納税額から控除します。
【例2:死亡日が令和9年(2027年)4月1日の場合】
→「令和6年(2024年)1月1日〜令和9年4月1日」の、「相続開始前3年+4カ月」の間に行われた生前贈与が、贈与者(亡くなった人)の相続財産に加算されます。令和9年〜令和12年までの相続は「3年→7年」の移行期間であり、この間は、加算期間の起算日が「令和6年(2024年)1月1日」になるからです。すでに納めた贈与税がある場合の扱いは【例1】と同じになります。
今回の税制改正によって延長される最大4年分(4〜7年分の生前贈与分)の財産のうち、相続財産に加算されるのは、全体から100万円を控除した残額になる予定です。
相続開始前3年分 | 相続財産に加算 |
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相続開始前4年〜7年分 (改正による延長分) |
100万円を控除した額を相続財産に加算 |
相続時精算課税において、2,500万円の贈与税の非課税枠とは別に、年110年前の基礎控除が創設されることが示されました。
これまでは相続時精算課税に基礎控除が存在しなかったため、節税の面でも、少額な贈与でも申告を求められてきた事務負担の面でも、基礎控除を使うことのできる暦年課税のほうが相続税対策には有効とされてきました。
しかし、今回の税制改正大綱の内容が実現すれば、この差がなくなり、さらに今回の改正によって、暦年課税による相続税対策の恩恵が今よりも少なくなることから、相続時精算課税制度の良さが相対的に上がるといえます。
なお、この基礎控除は、暦年課税の年110万円の基礎控除とは別枠ですので、同一の受贈者が併用することも可能であると考えられます。
相続時精算課税によって贈与された一定の不動産が、贈与者の相続時までに災害によって損害を受けた場合、相続財産に加算される金額は、その被害額を控除した残額とするルールが創設されます。
大規模災害に対する不安を解消する観点からの改正です。
今回の暦年課税・相続時精算課税に対する改正は、「相続税と贈与税の一体課税」を検討した結果であると考えられます。
日本では、生前に贈与すれば贈与税、死亡時に相続させれば相続税がかかり、「資産の移転時期」によって取得者の税負担が異なるしくみになっています。
また、このしくみによって、相続税の累進課税を回避するために生前の分散贈与が利用されないよう、相続税よりも贈与税の税率を、移転した資産額に対して高めに設定しているところです。
ところが、最高税率がともに55%であることから、かなり高額な財産を保有する一部の層にとっては、数百万円〜数千万円を分割して暦年課税による生前贈与をしたほうが節税になってしまうという、本来のねらいとは逆方向の効果が発揮されています。
さらに、多くの人にとっては、相続税よりも贈与税の税率のほうが高いため、まとまった額の生前贈与をしにくい面があり、一部の層との格差が固定化してしまうことや、一部の層の「税の再分配機能」が果たせていないことが懸念されていました。
今回の暦年課税の改正内容は、生前贈与加算の期間を延長することによって、一体課税となる期間を、4年分延長するものです。
完全な一体課税に変わったわけではありませんが、暦年課税の基礎控除を使った相続税対策の恩恵を一律に下げるという、中立的な改正であるといえます。
相続時精算課税は、高齢世代に偏在する資産を若年層に移転させ、経済を活性化させる目的で、平成15年度に導入された税制です。
相続時精算課税は、暦年課税と異なり、まさに「相続税と贈与税の一体課税」の制度なのですが、現行のルールでは基礎控除がないため、相続税対策のために利用したい人にとっては暦年課税のほうがメリットが多く、相続時精算課税を選びづらい面がありました。
しかし、今回の大綱によれば、相続時精算課税に暦年課税と同額の基礎控除が創設されるため、より多くの人が好きなタイミングで、次世代への資産移転をしやすくなるといえます。
(※)今回の記事は、令和5年度税制改正大綱をもとに執筆しています。今後、変更となる可能性もありますので、生前贈与の際は、必ずその時の制度をご確認ください。